大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)2207号 判決 1978年9月14日
控訴人
嶺藤亮
右訴訟代理人
表権七
外七名
被控訴人
本願寺
右代表者
大谷光暢
右訴訟代理人
滝井峻三
外一名
主文
本件控訴を棄却する。
当審における控訴人の請求を棄却する。
控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
第一被控訴人の文書引渡請求について
一本案前の抗弁について
(1) 控訴人は、被控訴人本願寺の事務の決定は、責任役員七名の過半数でこれを決すべきものとされ(本願寺規則第八条)、その代表役員は右事務の決定に基づいて対外的な代表行為を行なうものとされているところ、代表役員大谷光暢は、右事務の決定に基づかず、独断で、被控訴人を代表して本訴を提起したものであるから、右訴の提起は不適法であると主張するので検討する。
本願寺規則第八条第一項は「この法人には、七人の責任役員を置く。」と、また同条第四項は「責任役員は、この法人の事務を決定する。この場合においては、その議決権は、各々平等とし、その定数の過半数で決する。」とそれぞれ規定し、さらに同規則第七条第三項は「代表役員は、この法人を代表し、この事務を総理する。」旨規定する(宗教法人法第一八条第三項も同じ)。右規則によれば、責任役員は被控訴人の事務決定のための議決機関であつて、被控訴人の意思決定は責任役員の議決によつて行なわれなければならず、代表役員は右決定に基づいて被控訴人を代表し、この事務を総理すべき義務あることが明らかである。そして、右にいう事務とは、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運営し、その他宗教法人の目的達成のための業務および事業を運営するための宗教的事項以外の事項についての一切の行為をいい、控訴人に対する本訴の提起も、右にいう事務の範囲に属するものと解すべきところ、弁論の全趣旨によれば、本訴の提起についてはいまだ責任役員の承認決定(議決)はなされていないことが窺われる。
しかし、代表役員が事務の決定に基づいて代表行為をしなければならないというのは、被控訴人内部の関係においてのことであつて、代表役員がこの事務の決定に基づかないで、代表行為をしたとしても、その代表役員の職務行為は別として、外部的には、代表行為自体は何らその効力を左右されるものではないと解するから、被控訴人の代表役員が、本訴提起にあたり、責任役員の承認(決定)を得なかつたとしても、訴の提起は適法であり、その訴訟手続をなすに必要な授権の欠缺があるということはできない。よつて、控訴人の本案前の抗弁は採用するに由ない。
(2) 次に被控訴人は、いま仮りに控訴人が、その主張のように本件文書を被控訴人本願寺の機関として被控訴人のために所持しているものとすれば、本件文書は原判決に付された仮執行宣言に基づき仮に執行され、一旦これを占有すべき代表役員の手に帰し、現在これを保管すべき立場にある京都府に提出されているのであるから、さらに控訴して被控訴人の請求を争うべきで利益はない筈である。しかして、控訴人の本件控訴は利益を欠き却下を免れないと主張する。しかし、右仮執行によつて被控訴人主張のような状態が作り出されたとしても、裁判所は、かかる事実を斟酌することなく、仮執行がなされる以前の状態で請求の当否を判断すべきものと解するから、被控訴人の右主張はその前提においてすでに失当たるを免れない。
二本案について
1 被控訴人本願寺は宗祖親鸞聖人立教開宗の本旨に基づき、教義の宣布、儀式の執行、門徒の教化育成等を目的とする宗教法人であり、かつまた宗教法人真宗大谷派の唯一の本山であること、被控訴人が昭和四九年二月上旬その宗務の根幹たる本願寺規則改正(その骨子は(イ)被控訴人は真宗大谷派とは別個独立した責任役員で構成する。(ロ)被控訴人の責任役員は真宗大谷派の僧侶でなく、全国一千万門徒の総代がこれに当るというもの)のため所轄庁の認証を受けるべく、本願寺規則変更認証申請に関する一件書類(本件一の文書と本件二の文書の写)を京都府知事に提出したこと、控訴人が同年四月一〇日真宗大谷派の宗務総長に任命され、被控訴人本願寺の責任役員に就任したことおよび同月一六日控訴人が京都府文教課の係員から右申請書類の返却を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。
2 被控訴人は、控訴人は本件文書を所持して、これに対する被控訴人の占有を侵害している旨主張し、控訴人はこれを争うので判断する。
(一) まず、本件一の文書について検討する。
<証拠>によれば次の事実が認められる。すなわち、
(1) 被控訴人の代表役員大谷光暢が昭和四九年二月上旬京都府知事に対してなした前記本願寺規則改正のための同規則変更認証申請は同規則の定める手続をふんでなされたものであるが、京都府においては真宗大谷派の宗議会議員の交替期に右申請がなされたのを問題視し、これを受理しないままでいたところ、同年四月一五日頃、控訴人が本願寺規則の変更に賛成していることを京都府の係員に申し出て、早急に規則の変更について認証して欲しい旨要請した者がいるとの噂が流布されたので、控訴人は同月一六日京都府庁に赴き、宗門内が混乱している実情を詳細に訴えて、再度規則変更の件を新たな責任役員のもとで検討してみたいと申し出たところ、係員より控訴人が宗務総長名義の請書を提出するならば、申請書類の返却に応じてもよいとの回答を得たので、控訴人は、その権限がないのに、被控訴人代表役員の承諾を得ることなく、「本願寺責任役員、真宗大谷派宗務総長嶺藤亮」名義の請書を係員に差入れて、申請書類の返却を受け、爾来これを所持占有し、被控訴人の代表役員の任意の引渡要求を拒否している。
(2) 控訴人は翌一七日新たに同月一六日付で任命された責任役員五名に右書類の返却を受けた経緯を説明して、その是非および事後措置について諮つたところ、(イ)書類の返却を受けた措置については賛成である。(ロ)今後の方針として、変更規則の内容は、宗憲、本山寺法の趣旨に悖り、その手続も違法であるから、右書類は今後絶対に所轄庁に提出されるべきでないとの全員一致の議決を得、また、同年六月二五日の定期宗議会において、右書類の返却を受けた件が問題とされ、控訴人に対する不信任案が上程されたが、三七対一四の絶対多数で否決され、さらに昭和五〇年六月五日の参与会において、先になされた規則変更の議決を破棄する旨の議決がなされた。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、<証拠>によれば、被控訴人が本願寺規則を変更しようとするときは、同規則第四二条により責任役員および総代の定数の全員並びに加談会の同意を得、参与会の議決を経て管長の承認および京都府知事の認証を受けなければならないことが認められるところ、昭和四九年四月一七日申請書類は京都府知事に再提出さるべきでないとの責任役員の議決がなされ、さらに昭和五〇年六月五日の参与会において、さきになした本願寺規則変更の議決を破棄する旨の議決がなされたことはさきに認定したとおりであるから、これらの議決によつて、代表役員は、規則変更について認証を受けるべく京都府知事に申請書類を再提出することはできなくなつたものと解され、また仮りに右書類を再提出したとしても、同規則の変更について必要な参与会の議決がないこととなり、変更手続が規則の定めるところに従つてなされていないことを理由に、京都府知事の認証はこれを受け得ないものと推測される(宗教法人法第二八条)が、本来かかる書類は被控訴人の所有に属し、その代表役員によつて占有されるべきものであり、被控訴人の寺務を行なう大谷派の内局はその代表役員を補佐すべき立場にある(本願寺規則第一四条、真宗大谷派規則第一二条)のであるから、いま仮りに控訴人主張のように内局を代表する宗務総長の控訴人が、職務上宗務所において、申請書類のうち本件一の文書を所持占有しているとしても、それは控訴人が被控訴人またはその代表役員のために事実上占有を代行しているというにすぎず、控訴人は本人たる被控訴人(その代表者たる代表役員)が、右文書の引渡しを求めた場合には、いつでもこれに応ずべき職務上の義務があるものである。
しかるに、控訴人は前記認定のように京都府の係員より申請書類の返却を受けて以来、本件一の文書を所持占有し、本訴提起後現在に至るまで、被控訴人(その代表者たる代表役員)の任意の引渡請求に応ぜず、正常な占有関係を阻害しているものであるから、これに対し、被控訴人がその占有関係の妨害排除の手段を講じ得べきことはいうまでもない。
よつて、被控訴人が所有権に基づき控訴人に対し、本件一の文書の引渡を求める請求は理由あるものといわねばならない。
(二) 次いで、本件二の文書について考える。
<証拠>によれば、本来、かかる文書は被控訴人の所有に属し、宗務所に備えつけて保管すべきものであり(宗教法人法第二五条、本願寺規則第四一条)、被控訴人の寺務を行なう大谷派の内局はその代表役員を補佐すべき立場にある(本願寺規則第一四条、真宗大谷派規則第一二条)ことが認められるから、いま仮りに控訴人主張のように、内局を代表する宗務総長の控訴人が、職務上宗務所において本件二の文書を所持占有しているとしても、それは控訴人が被控訴人またはその代表役員のために事実上占有を代行しているというにすぎず、控訴人は本人たる被控訴人(その代表者たる代表役員)が右文書の引渡しを求めた場合には、いつでもこれに応ずべき職務上の義務があるものである。
しかるに、弁論の全趣旨によれば、控訴人は本件二の文書を所持占有し、本訴提起後もなお被控訴人(その代表者たる代表役員)の任意の引渡請求に応ぜず、正常な占有関係を阻害していることが窺われるから、これに対し被控訴人がその占有関係の妨害排除の手段を講じうべきことはいうまでもない。
よつて、被控訴人が所有権に基づき控訴人に対し本件二の文書の引渡を求める請求も亦理由があるものといわねばならない。
3 そうすると、被控訴人の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。<以下、省略>
(大野千里 鍬守正一 鳥飼英助)
目録<省略>